境内のご案内

本堂

本城寺の本堂

現在の本城寺の本堂は安政2年(1855年)に第30世である日総(にっそう)上人が建てたものです。

その後改修を何度も行って現在に至ります。

鬼子母神堂

鬼子母神堂

子育ての神様である鬼子母神(きしぼじん)様を祀っているお堂です。平成24年に改築され、その年の10月13日に落慶式を行っています。

鬼子母神について

鬼子母神(きしぼじん)は元々は訶梨帝母(かりていも)というインドの鬼女でした。主食は人間の子供。多くの子供をさらっては食べてしまい、多くの人が悲しみに暮れたと言います。

人々は耐えきれなくなり、お釈迦様に助けを求めます。「これ以上、自分たちの子供が殺されて食べられてしまうのは耐えられない…!何とかして下さい!」と。

訶梨帝母には500人の子供がいましたが、1番可愛がっていたのが末っ子でした。お釈迦様はその末っ子を訶梨帝母の見えないところへ隠してしまいます。

訶梨帝母は泣き叫びながらありとあらゆるところを探しました。「私の可愛い子どもはどこ…?どこ…?」しかし、いくら探しても見つかりません。途方に暮れた訶梨帝母はついにお釈迦様に相談するのです。

訶梨帝母

お釈迦様…私の可愛い可愛い子どもがどうしても見つからないのです…お力を貸してください…
訶梨帝母よ。お前には500人も子供がいるであろう。1人くらいいなくなっても別にいいではないか。

おしゃか様

訶梨帝母

何をおっしゃいますか!私にとってはどの子供もかけがえのない子供なのです。誰一人としていなくなるなんて耐えられません。
そうか、そうか。では、きっとお前が今まで食べてきた子供達の親も同じ気持ちであろうなぁ。

おしゃか様

訶梨帝母

あぁ…!そうでした…私はなんという事を…

お釈迦様に諭された訶梨帝母はもう二度と人間の子供は食べないとお釈迦様に誓います。そして、これからは子供を守る神である鬼子母神として生まれ変わり、罪滅ぼしをしていくと約束し、子供を返してもらったのでした。

これが本城寺の鬼子母神の由来であり、毎年お子様の元気な発育を祈って11月12日にお祭りを行い、ご祈祷を行っています。

熊王殿

熊王殿

熊王殿は本城寺の境内にある熊王稲荷様を祀っている神社です。

「神社と言えば神道であり仏教とは別の宗教なのでは?」と思う方もいるかも知れませんが、元々は仏教も神道も一つのもので分かれてはいませんでした。その名残で熊王殿も本城寺の境内にあります。

熊王稲荷の由来は実はよく分かっていません。(投げやりでも、適当でもなく、本当に分からないのです。)

日蓮聖人が龍口法難で斬首の刑に処される事になり、処刑場へ日蓮聖人が馬に乗せられて運ばれている時の馬の手綱を持っていたのが「熊王丸」という少年なのですが、一説にはその熊王丸と関係があるのではないのかと言われています。ただし、これも文献等が残っているのでもなく憶測に過ぎません。

熊王稲荷様は商売繁盛の神様として知られており、昔は富岡芸者さん達が沢山お参りしたと言います。