本城寺の歴史

本城寺は慶長3年(1598年)に創立されました。

初代住職は長勝院日皆(ちょうしょういんにちかい)です。

長勝院日皆上人

長勝院日皆のお像です。ふっくらとしたお顔から優しさを感じます。

 

本城寺を開くにあたり、中心となった檀越(檀家さん、信者さんの事です。)は石井吉房(いしいよしふさ)でした。

石井吉房は、鎌倉にある長勝寺(ちょうしょうじ)を開いたとされる石井長勝より12代を経た子孫です。

現在もその血脈は受け継がれており、石井家は代々本城寺の総代として活躍しています。

もちろん、現在も。

 

石井吉房は関東管領の役職に就いていた上杉氏に属し、上州平井城の家老職として働いていましたが、1560年に平井城が厩橋(前橋市)に移転となる際、それを機に平井城を離れ、富岡市宮崎に縁を求めて、農家として生活を始めます。

その後、奥平美作守家昌(おくだいらみまさかのかみいえまさ)の許しを得て、富岡市宮崎にお堂を作り、鎌倉長勝寺より長勝院日皆を迎えます。

これが本城寺の創設の所以とされています。

 

寛永2年(1625年)、富岡新田開発により、本城寺は宮崎から現在地に移転となりました。

幾度か火災の被害に遭う事もありましたが、現在残っている本堂は安政元年(1854年)に再建されたものです。

 

現在の住職は大通院日環(田村照明)で、第40世です。

長勝院日皆や石井吉房、そして多くの檀信徒の思いはこのように400年以上続いているのです。

そして、これからも・・・